ここはスカイツリーのお膝元、東京都墨田区。スカイツリーをモチーフにしたサイダーが目を惹く。その横には、レトロなラベルが貼られた瓶。どちらもトーキョーサイダーと書かれている。
 新しくもあり、なぜか懐かしくもあるこの二つのサイダー。トーキョーサイダーは、墨田区立花が向島区吾嬬町だった一九四七年に販売を開始。その後、戦後の混乱期を乗り越え、復興のシンボルとして地元の人々に愛されていたという。
 このトーキョーサイダーの生みの親は丸源飲料工業株式会社。一九一六年に創業。二〇一六年には創業一〇〇年を迎える老舗企業だ。ラムネの製造販売で創業し、現在は幅広く外食産業向けに飲料・食材を展開。二〇一二年にはスカイツリータウン内「東京ソラマチ」にAZUMACHO CAFE~トーキョーサイダー倶楽部~をオープンさせた。お店に集う人はみな楽しそうな笑顔を浮かべている。
 4代目代表取締役社長の阿部貴明さんは、焼け跡に残っていたという戦前のボトルを見せてくれた。分厚い少し歪んだボトルは、この企業の歴史を物語っていた。

 当時、シュワシュワとした炭酸飲料は大革命だった。しかし戦後、外資の飲食メーカーが参入してきて、日本の食文化が大きく変化した時代。小さな飲料メーカーは苦境に追いやられることとなる。
 そんな文化の転換期に、丸源飲料は常に変化をしていった。新しい文化への挑戦だ。「ハンバーガーという文化が入ってきて、路上で歩きながら飲んだり食べたりする。大きな文化の転換だったわけですよ。今となっては当たり前のことでも、入って来る時には衝撃的なものって結構あるんですよ。」
 外食は非日常でありハレの日の特別なものだった。それが大きく変わっていった時代。外食文化が日常的なものになりつつあった。
「今までに存在しなかったものを作るんだから、どんどん新しいものを作ったね。新しい食文化は、まず外食に入るんです。外で食べることが当たり前になってきたところで、お母さんが買ってきて内食に入って変化していくわけです。」
 今まで慣れ親しんだ生活文化に存在しなかったものが、新しい食文化として浸透するにはふたつの方法がある。それは例えばコーヒーのように外食として飲まれることが一般的になってから、内食に入ってくる方法。もうひとつは、おにぎりのように家庭で食べられていたのもが逆に外食としてコンビニや居酒屋で定着することもある。
「内食の外食化というのは、元々日本にある食文化が外に出ること。だけれど外食から内食に入る時は、基本的には無かったものを作ることになる訳です。だから『新しい文化の創造』をしないといけない。」

 丸源飲料は、その『新しい食文化』を家庭に浸透させることのつなぎ役を担っきた。
 それは、食品そのものの開発はもちろんのこと、『新しい食の文化の提供』。
新しいものを提供し、新しい喜びや驚きの笑顔を生み出すことへの挑戦だった。
今までに見たこと、食べたことのないものを手にする喜びや感動は特別な経験だ。
 商品そのものを売るのではなく、食を通じて生まれるコミュニケーションを提供することにこだわりつづけた。

 

 

 人の喜ぶ笑顔が見たいという阿部社長は、いかに人が楽しく生活できる環境をつくるかを常に考えているようだ。自社にしか出来ない価値とストーリーを伝えることが、人の心に届き感動を与えるものになると言う。「飲食物として美味しいかだけでは無くて、思い出が語れるようなもの。それが結構重要だと思うんです。」スカイツリーの開業と共に復活を遂げたトーキョーサイダーにはストーリーがある。
 発祥の土地であるこの場所。戦後の厳しい時代からこの土地で地域と共に成長してきた。そこには、何にも代えがたい大きな意味がある。
 トーキョーサイダーは完全復刻として当時と変わらない味で販売。ラベルも当時のデザインだ。それが今、価値のあるものとして受け入れられている。
 「成熟した社会の中で、モノが溢れている時に、なにで価値を見いだすかと言ったら、それは物語でしょう。」
 『物語があること』しかし、その付加価値は買う人が認めてくれないと意味がない。だからこそ、認めてもらえるような環境作りが大切だ。

 

 

 阿部さんは、一般社団法人墨田区観光協会の理事長として“本物が生きるまち”をタイトルに地域観光の環境作りにも取り組んでいる。
 実は、自分たちが昔から行っているモノづくりの中にこそ価値がある。それは本人達は気づかないことが多い。それを見つけ出し、掘り起こして行くことが必要だ。そして、そこに必要なのがストーリー性だという。「この人が、何を思って作っているのか分かった時に初めて大事なモノになるんです。そうするとモノ自体の価値は、全体のほんの一部になる。買うことの出来ない価値がそこには生まれるんです。」
 墨田区観光協会では、弊社のグローカルメディア育成事業として“まち映像プロデューサー”を育成する講座を開催していただいている。映像を通して、モノづくりや人の中にある物語を伝える事が出来る人を地域内に増やし、お互いに魅

october2013_img06

力を発信する為の講座だ。今年で6回目の開催となる。
 墨田区には魅力溢れる物語を持っている企業がたくさんある。それが映像を通して全国、全世界どこに居ても感じることができる。
 「映像を配信する事によって、世界中の人に観てもらえる可能性を作るのは殆どタダです。理解してもらう道具としてとても良い手段なんです。そして、映像には物理的に限界があって、全部は見せることができないからいいんです。少なくとも、香りとか味、感触とか空気は伝わらない。そういう余韻を残すことで行ってみたい、食べてみたい、会ってみたいなと感じさせる。それが良いんですよね。」
 映像や写真には、どうしても限界がある。そのモノに実際に触れてこそ伝わる部分が多くある。だからこそ、足を運び

直接体験することに価値が生まれる。
 そう言えば、スカイツリーのAZUMACHO CAFE~トーキョーサイダー倶楽部では、スイカ味のソフトクリームのポスターが貼られていたことを思い出した。
「スイカの味って、表現するの難しいの。でも今回は、スイカだ!って思う美味しい味のものが出来たから是非食べてみて。お塩も置いてあるからふってみてね!」阿部社長は、子供のような笑顔でスイカの味を語ってくれた。
 初めて見て、食べて喜ぶ人がいる。そしてそれが世の中に浸透したら役割は終わり、また新たなる挑戦が始まる。常により楽しく良いものへ変化しつづける会社、それが丸源飲料工業株式会社だ。
 いつでも宝物を見つけた時のワクワクした少年時代のような気持ちで、『新しい食文化』を創造しているのだろう。
 こんなに楽しそうに紹介されたら、食べない訳にはいられない。私は、この取材を終えたその足で、AZUMACHO CAFE~トーキョーサイダー倶楽部に向かった。(小高)

 

october2013_img08

-このまちの歴史と共に

 ここはスカイツリーのお膝元、東京都墨田区。スカイツリーをモチーフにしたサイダーが目を惹く。その横には、レトロなラベルが貼られた瓶。どちらもトーキョーサイダーと書かれている。

 新しくもあり、なぜか懐かしくもあるこの二つのサイダー。トーキョーサイダーは、墨田区立花が向島区吾嬬町だった一九四七年に販売を開始。その後、戦後の混乱期を乗り越え、復興のシンボルとして地元の人々に愛されていたという。

 このトーキョーサイダーの生みの親は丸源飲料工業株式会社。一九一六年に創業。二〇一六年には創業一〇〇年を迎える老舗企業だ。ラムネの製造販売で創業し、現在は幅広く外食産業向けに飲料・食材を展開。二〇一二年にはスカイツリータウン内「東京ソラマチ」にAZUMACHO CAFE~トーキョーサイダー倶楽部~をオープンさせた。お店に集う人はみな楽しそうな笑顔を浮かべている。

 4代目代表取締役社長の阿部貴明さんは、焼け跡に残っていたという戦前のボトルを見せてくれた。分厚い少し歪んだボトルは、この企業の歴史を物語っていた。

 

-創造と革新

-受け継がれてきた挑戦の精神

 当時、シュワシュワとした炭酸飲料は大革命だった。しかし戦後、外資の飲食メーカーが参入してきて、日本の食文化が大きく変化した時代。小さな飲料メーカーは苦境に追いやられることとなる。

 そんな文化の転換期に、丸源飲料は常に変化をしていった。新しい文化への挑戦だ。「ハンバーガーという文化が入ってきて、路上で歩きながら飲んだり食べたりする。大きな文化の転換だったわけですよ。今となっては当たり前のことでも、入って来る時には衝撃的なものって結構あるんですよ。」

 外食は非日常でありハレの日の特別なものだった。それが大きく変わっていった時代。外食文化が日常的なものになりつつあった。

「今までに存在しなかったものを作るんだから、どんどん新しいものを作ったね。新しい食文化は、まず外食に入るんです。外で食べることが当たり前になってきたところで、お母さんが買ってきて内食に入って変化していくわけです。」

 今まで慣れ親しんだ生活文化に存在しなかったものが、新しい食文化として浸透するにはふたつの方法がある。それは例えばコーヒーのように外食として飲まれることが一般的になってから、内食に入ってくる方法。もうひとつは、おにぎりのように家庭で食べられていたのもが逆に外食としてコンビニや居酒屋で定着することもある。

「内食の外食化というのは、元々日本にある食文化が外に出ること。だけれど外食から内食に入る時は、基本的には無かったものを作ることになる訳です。だから『新しい文化の創造』をしないといけない。」

 

 丸源飲料は、その『新しい食文化』を家庭に浸透させることのつなぎ役を担っきた。

 それは、食品そのものの開発はもちろんのこと、『新しい食の文化の提供』。

新しいものを提供し、新しい喜びや驚きの笑顔を生み出すことへの挑戦だった。

今までに見たこと、食べたことのないものを手にする喜びや感動は特別な経験だ。

 商品そのものを売るのではなく、食を通じて生まれるコミュニケーションを提供することにこだわりつづけた。

 

-物語の中にある本当の価値

 人の喜ぶ笑顔が見たいという阿部社長は、いかに人が楽しく生活できる環境をつくるかを常に考えているようだ。自社にしか出来ない価値とストーリーを伝えることが、人の心に届き感動を与えるものになると言う。「飲食物として美味しいかだけでは無くて、思い出が語れるようなもの。それが結構重要だと思うんです。」スカイツリーの開業と共に復活を遂げたトーキョーサイダーにはストーリーがある。

 発祥の土地であるこの場所。戦後の厳しい時代からこの土地で地域と共に成長してきた。そこには、何にも代えがたい大きな意味がある。

 トーキョーサイダーは完全復刻として当時と変わらない味で販売。ラベルも当時のデザインだ。それが今、価値のあるものとして受け入れられている。

 「成熟した社会の中で、モノが溢れている時に、なにで価値を見いだすかと言ったら、それは物語でしょう。」

 『物語があること』しかし、その付加価値は買う人が認めてくれないと意味がない。だからこそ、認めてもらえるような環境作りが大切だ。

 

-発信することは

-進化し磨き上げること

 阿部さんは、一般社団法人墨田区観光協会の理事長として“本物が生きるまち”をタイトルに地域観光の環境作りにも取り組んでいる。

 実は、自分たちが昔から行っているモノづくりの中にこそ価値がある。それは本人達は気づかないことが多い。それを見つけ出し、掘り起こして行くことが必要だ。そして、そこに必要なのがストーリー性だという。「この人が、何を思って作っているのか分かった時に初めて大事なモノになるんです。そうするとモノ自体の価値は、全体のほんの一部になる。買うことの出来ない価値がそこには生まれるんです。」

 墨田区観光協会では、弊社のグローカルメディア育成事業として“まち映像プロデューサー”を育成する講座を開催していただいている。映像を通して、モノづくりや人の中にある物語を伝える事が出来る人を地域内に増やし、お互いに魅力を発信する為の講座だ。今年で6回目の開催となる。

 墨田区には魅力溢れる物語を持っている企業がたくさんある。それが映像を通して全国、全世界どこに居ても感じることができる。

 「映像を配信する事によって、世界中の人に観てもらえる可能性を作るのは殆どタダです。理解してもらう道具としてとても良い手段なんです。そして、映像には物理的に限界があって、全部は見せることができないからいいんです。少なくとも、香りとか味、感触とか空気は伝わらない。そういう余韻を残すことで行ってみたい、食べてみたい、会ってみたいなと感じさせる。それが良いんですよね。」

 映像や写真には、どうしても限界がある。そのモノに実際に触れてこそ伝わる部分が多くある。だからこそ、足を運び直接体験することに価値が生まれる。

 そう言えば、スカイツリーのAZUMACHO CAFE~トーキョーサイダー倶楽部では、スイカ味のソフトクリームのポスターが貼られていたことを思い出した。

「スイカの味って、表現するの難しいの。でも今回は、スイカだ!って思う美味しい味のものが出来たから是非食べてみて。お塩も置いてあるからふってみてね!」阿部社長は、子供のような笑顔でスイカの味を語ってくれた。

 初めて見て、食べて喜ぶ人がいる。そしてそれが世の中に浸透したら役割は終わり、また新たなる挑戦が始まる。常により楽しく良いものへ変化しつづける会社、それが丸源飲料工業株式会社だ。

 いつでも宝物を見つけた時のワクワクした少年時代のような気持ちで、『新しい食文化』を創造しているのだろう。

 こんなに楽しそうに紹介されたら、食べない訳にはいられない。私は、この取材を終えたその足で、AZUMACHO CAFE~トーキョーサイダー倶楽部に向かった。

(小高)