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 ITというと、専門用語が並び、一般の人にとっては理解しにくい、というイメージだが、前田さんの話す言葉はどれも分かりやすく、親切だ。

 

 「テレビで見たのが最初だったと思うんですが、コンピュータがこれからの世の中に役に立ち、どんどん必要とされ始めているということを知ったんです。
中学生の頃から、自立して働きたい、という想いが自分の中にあって。
浦添工業高校情報技術科を選んだのも、ITを学んだ後に、その仕事をしたいという想いと答えが明確に繋がっていたんですよね。」

 

 高校を卒業して、就職したのはソフト

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ウエアの会社だった。沖縄で入社後、横浜に異動となる。
 しかし、そこでは今まで経験した事のないほどの苦労を味わうことになる。

 

 「沖縄にいたときは、分からない事があっても、周りの方が皆、優しく教えてくれていたのですが、横浜に行ってからはそういう訳にはいかなかった。」

 

 仕事が一向に進まない。進め方が分からないから完成しないというジレンマに苛まれる。社会の厳しさを目の当たりにし、挫折を覚えた。

 

 「その時の上司は厳しい人でした。できないなら辞めてくれとキッパリ言われてしまった。私は体格が良かったものだから、肉体労働の方が向いてるんじゃないかとも言われたりして。
 勿論、上司には責任があるし、一人ができなかったらチーム全体に皺寄せが来る。上司の言葉は全て本音だったので、余計に胸に突き刺さりました。
人生で初めて食事が喉を通らない経験をしたのもそのときでした。」

 

一人前になるまで、絶対に諦めない
 「でも、自分の中で辞めるって言う選択肢は全くなかったんです。」と前田さんは語る。

 

 「就職が決まった時に、高校の時の先生に言われた言葉がずっと心の中にありました。

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 『どんな仕事でも、誰かがそこで頑張ってやっている。できない仕事なんかないと思って、一人前になるまで三年は頑張ってみろ』って。
 その先生は、私が1年目で苦労するだろうということは分かっていて、そんな言葉をかけてくださったんだと思います。」

 

 仕事を辞めるかどうかは一人前になってから考えたら良い。だから、どんなに辛くても、自分の中で会社を辞めるという考えは起きなかったという。

 

 「高校で勉強したことは会社に通用するようなものじゃなかったんです。まずは本を借りたり、雑誌を買ったり。コンピュータのイベントにもいくつもまわって。給料は殆どそういった勉強のために消えていました。」

 

 死に物狂いで勉強して、変化を感じ始めたのは半年を過ぎた頃だった。

 

 「本当に少しずつなんですけど、だんだんと繋がってきたんです。ああ、この問題がこの方法と関係あるのかって。ようやく少し開けてきたかなと感じはじめて、いつの間にか自分の担当分はこなせるようになっていました。
 そのうち上司の家にも招いてもらって、御馳走していただいたりして。やっと認めてもらう事ができました。」

 

 数年経って気がついたら、今度は後輩ができた。自分と同じ苦しみを味わう後輩たちのために、手作りで問題集を作った。終業後、会議室で勉強会や実践をすることもあった。
 「一人前になるまで絶対辞めるな」という言葉で、励まし続けた。

 

 「最初の就職が人生で一番大事だから。仕事や人間関係も波があるのって当たり前だし。それを乗り超える経験こそが大事だと思っています。」

 

 そして、入社五年の苦節を経て、ようやく仕事に喜びとやりがいを感じる。

 

 「五年目に会社の外に出て、お客さんが、自分の製品を使っている現場を実際に見たとき、ようやく世の中に役に立っているんだなって実感したんです。ようやく辿り着いたなって。」

 

 しかし、そんな中、連日の過労に伴い、たまたま引いた風邪の菌が腎臓に入ったことがきっかけで、腎機能を失ってしまう。
 人工透析なしでは生活ができない体になってしまったのだ。
 これまで前田さんが歩んできた道は、決して順風満帆という訳ではなく、山あり谷あり、苦労を重ねてきたものだった。

 

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 「仕事上、会議をすることがよくありますが、私は沖縄出身だし、東京にいると、色んな地方から来ている人がいるので、文化や価値観が本当にそれぞれです。

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会議室での発言だけ、表面上のやりとりだけだと、意味が分からないことも多いし、その場でうまくまとまらない。
 でも、皆が共通して目指しているゴールは必ずそこにあるのだから、それを押さえて人の話を聞き始めると、この人が何を言っているのか、どの部分をいっているのかが掴みやすくなったんです。」

 

 目的を先に理解しておくと、一つの手段に拘る事なく、違うやり方や、新しい組み合わせで、目的に辿り着く方法を提案できる。
 問題だけの狭い視野で捉えてしまうとそこだけの解決策しか見る事ができないが、その人が望んでいるものをきちんと理解した上でよりよい話ができるということだ。

 

 自分が考えている以上に自分の事を理解し、さらに、自分のやりたい事に対して、一歩も二歩も先を見据えたアドバイスや提案をしてもらえる。相談者にとって、これほど有り難い事はないのではないだろうか。
 前田さんには、この「聴く力」を伸ばすルーツとなる出来事があった。

 

 「実は私、小さい頃の病気で、左耳の聴力を失っているんです。
 だから、いつも人の話を聞く時に、話している人の方に顔を向けて聞くようにしていますが、話が聞こえない事もたまにあり、本当に集中して、相手が何を伝えようとしているのかということを考えながら、言葉だけじゃなく、人の話を奥まで聞こうとする訓練が自然にできていたんだと思います。」

 

 仕事をする上で、この「聴く力」は何より大事だと前田さんは語る。

 

 「想いを理解して、その想いに歩み寄ると、その人とは永くお付き合いできるんです。
 多少のトラブルがあっても、お客様と向き合うのではなくて、相手と同じ側に立って、ゴールに向かって一緒に歩むチームになれるからだと思っています。」

 

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 「聴力に関しても、腎臓に関しても、ハンディキャップとは考えないようにしました。障害を気にして引っ込み思案になりたくはなかった。左耳が聞こえなくても、右耳があるから私はまだ人の話を聞けるし音が聞ける。腎臓がだめになっても、透析で生きる事ができる!って。無いものを欲しがるよりも、あるものに感謝するっていう考えを自分の中に強く持っていたんです。」

 

 前田さんの話を聞いていると、話に出てくる人や物、全てに対して、感謝の気持ちと慈しみが溢れているのを感じる。
 ITや技術が発達し、世の中が便利になり、何でもあって当然の世の中になった。

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 しかし、「有難い」という言葉が示す通り、「有る」ということは、決して当たり前ではない、ということに気づかされる。

 

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 透析を受けている患者にとって治療は精神的にも肉体的にも辛く、大きな重荷となっている。
 1回の透析時間は約5時間、これを週に3回行う。しかし、週15時間もの、その時間を持て余している事も多いそうだ。
 「ダイアライフ」では、タブレット端末に入っているサービスを通じて、透析治療中の充実した時間を過ごすとともに、少しでも治療に前向きになって欲しい、という前田さんの想いが込められている。
 また、患者同士のコミュニケーションの場をつくり、患者を応援し、豊かな人生を送って欲しいと前田さんは語る。

 

 「病気になって、目の前が真っ暗になったり、落ち込んだりしたときに、こういう辛さもあるけども、こういう喜びもあるんだよって。そういう話は共有した方が絶対に良いと思っています。
 透析を続けながら元気に輝いている人や、踏ん張っている人の話など、同じ立場だからこそ励まし合える事ってあると思うんです。そして、そのプラスの力がどんどん波及していけばいいなと思っています。」

 

 製品を作る上で、この「想い」を一番に大事にしていきたいと前田さんは考える。弊社に映像制作を依頼したのも、このような考えがあったからだ。

 「インタビューの段階で、自覚していなかったところまで掘り下げたお話ができ、それだけでも得るものがありました。自分を見つめ直す機会になったというか。出来上がった映像では、何だか違う自分を見ることができたという感じです。自分の根になっている部分も感じる映像になっていました。」

 

 特に嬉しかったのは、映像を見て頂いた同じ患者の方々から応援のメッセージを頂けたことだった。

 

 「見てくれた方から『元気をもらいました』というメッセージを頂きました。それを読んで、私自身が逆にとても励まされました。映像で、想いが伝わったんだなって嬉しく思います。」

 

 新製品「ダイアライフ」、現在はまだ試験運用の段階だが、医療機関と連携しながら、今後コンテンツを増やしていく予定だそうだ。それには、どこかと競い合うというより、協力し合って患者さんのためによりよいサービスや商品ができればいい、という前田さんらしい想いがあった。
(濱田奈穂)

-ITという生き方

 ITというと、専門用語が並び、一般の人にとっては理解しにくい、というイメージだが、前田さんの話す言葉はどれも分かりやすく、親切だ。

 

 「テレビで見たのが最初だったと思うんですが、コンピュータがこれからの世の中に役に立ち、どんどん必要とされ始めているということを知ったんです。

中学生の頃から、自立して働きたい、という想いが自分の中にあって。

浦添工業高校情報技術科を選んだのも、ITを学んだ後に、その仕事をしたいという想いと答えが明確に繋がっていたんですよね。」

 

 高校を卒業して、就職したのはソフトウエアの会社だった。沖縄で入社後、横浜に異動となる。

 しかし、そこでは今まで経験した事のないほどの苦労を味わうことになる。

 

 「沖縄にいたときは、分からない事があっても、周りの方が皆、優しく教えてくれていたのですが、横浜に行ってからはそういう訳にはいかなかった。」

 

 仕事が一向に進まない。進め方が分からないから完成しないというジレンマに苛まれる。社会の厳しさを目の当たりにし、挫折を覚えた。

 

 「その時の上司は厳しい人でした。できないなら辞めてくれとキッパリ言われてしまった。私は体格が良かったものだから、肉体労働の方が向いてるんじゃないかとも言われたりして。

 勿論、上司には責任があるし、一人ができなかったらチーム全体に皺寄せが来る。上司の言葉は全て本音だったので、余計に胸に突き刺さりました。

人生で初めて食事が喉を通らない経験をしたのもそのときでした。」

 

一人前になるまで、絶対に諦めない

 「でも、自分の中で辞めるって言う選択肢は全くなかったんです。」と前田さんは語る。

 

 「就職が決まった時に、高校の時の先生に言われた言葉がずっと心の中にありました。

 『どんな仕事でも、誰かがそこで頑張ってやっている。できない仕事なんかないと思って、一人前になるまで三年は頑張ってみろ』って。

 その先生は、私が1年目で苦労するだろうということは分かっていて、そんな言葉をかけてくださったんだと思います。」

 

 仕事を辞めるかどうかは一人前になってから考えたら良い。だから、どんなに辛くても、自分の中で会社を辞めるという考えは起きなかったという。

 

 「高校で勉強したことは会社に通用するようなものじゃなかったんです。まずは本を借りたり、雑誌を買ったり。コンピュータのイベントにもいくつもまわって。給料は殆どそういった勉強のために消えていました。」

 

 死に物狂いで勉強して、変化を感じ始めたのは半年を過ぎた頃だった。

 

 「本当に少しずつなんですけど、だんだんと繋がってきたんです。ああ、この問題がこの方法と関係あるのかって。ようやく少し開けてきたかなと感じはじめて、いつの間にか自分の担当分はこなせるようになっていました。

 そのうち上司の家にも招いてもらって、御馳走していただいたりして。やっと認めてもらう事ができました。」

 

 数年経って気がついたら、今度は後輩ができた。自分と同じ苦しみを味わう後輩たちのために、手作りで問題集を作った。終業後、会議室で勉強会や実践をすることもあった。

 「一人前になるまで絶対辞めるな」という言葉で、励まし続けた。

 

 「最初の就職が人生で一番大事だから。仕事や人間関係も波があるのって当たり前だし。それを乗り超える経験こそが大事だと思っています。」

 

 そして、入社五年の苦節を経て、ようやく仕事に喜びとやりがいを感じる。

 

 「五年目に会社の外に出て、お客さんが、自分の製品を使っている現場を実際に見たとき、ようやく世の中に役に立っているんだなって実感したんです。ようやく辿り着いたなって。」

 

 しかし、そんな中、連日の過労に伴い、たまたま引いた風邪の菌が腎臓に入ったことがきっかけで、腎機能を失ってしまう。

 人工透析なしでは生活ができない体になってしまったのだ。

 これまで前田さんが歩んできた道は、決して順風満帆という訳ではなく、山あり谷あり、苦労を重ねてきたものだった。

 

-言葉の奥にあるものを感じる

 「仕事上、会議をすることがよくありますが、私は沖縄出身だし、東京にいると、色んな地方から来ている人がいるので、文化や価値観が本当にそれぞれです。

 

会議室での発言だけ、表面上のやりとりだけだと、意味が分からないことも多いし、その場でうまくまとまらない。

 でも、皆が共通して目指しているゴールは必ずそこにあるのだから、それを押さえて人の話を聞き始めると、この人が何を言っているのか、どの部分をいっているのかが掴みやすくなったんです。」

 

 目的を先に理解しておくと、一つの手段に拘る事なく、違うやり方や、新しい組み合わせで、目的に辿り着く方法を提案できる。

 問題だけの狭い視野で捉えてしまうとそこだけの解決策しか見る事ができないが、その人が望んでいるものをきちんと理解した上でよりよい話ができるということだ。

 

 自分が考えている以上に自分の事を理解し、さらに、自分のやりたい事に対して、一歩も二歩も先を見据えたアドバイスや提案をしてもらえる。相談者にとって、これほど有り難い事はないのではないだろうか。

 前田さんには、この「聴く力」を伸ばすルーツとなる出来事があった。

 

 「実は私、小さい頃の病気で、左耳の聴力を失っているんです。

 だから、いつも人の話を聞く時に、話している人の方に顔を向けて聞くようにしていますが、話が聞こえない事もたまにあり、本当に集中して、相手が何を伝えようとしているのかということを考えながら、言葉だけじゃなく、人の話を奥まで聞こうとする訓練が自然にできていたんだと思います。」

 

 仕事をする上で、この「聴く力」は何より大事だと前田さんは語る。

 

 「想いを理解して、その想いに歩み寄ると、その人とは永くお付き合いできるんです。

 多少のトラブルがあっても、お客様と向き合うのではなくて、相手と同じ側に立って、ゴールに向かって一緒に歩むチームになれるからだと思っています。」

 

-逆境の中で光る夢

 「聴力に関しても、腎臓に関しても、ハンディキャップとは考えないようにしました。障害を気にして引っ込み思案になりたくはなかった。左耳が聞こえなくても、右耳があるから私はまだ人の話を聞けるし音が聞ける。腎臓がだめになっても、透析で生きる事ができる!って。無いものを欲しがるよりも、あるものに感謝するっていう考えを自分の中に強く持っていたんです。」

 

 前田さんの話を聞いていると、話に出てくる人や物、全てに対して、感謝の気持ちと慈しみが溢れているのを感じる。

 ITや技術が発達し、世の中が便利になり、何でもあって当然の世の中になった。

 

 しかし、「有難い」という言葉が示す通り、「有る」ということは、決して当たり前ではない、ということに気づかされる。

 

-自身の闘病経験から生まれた

-新しい製品「ダイアライフ」

 透析を受けている患者にとって治療は精神的にも肉体的にも辛く、大きな重荷となっている。

 1回の透析時間は約5時間、これを週に3回行う。しかし、週15時間もの、その時間を持て余している事も多いそうだ。

 「ダイアライフ」では、タブレット端末に入っているサービスを通じて、透析治療中の充実した時間を過ごすとともに、少しでも治療に前向きになって欲しい、という前田さんの想いが込められている。

 また、患者同士のコミュニケーションの場をつくり、患者を応援し、豊かな人生を送って欲しいと前田さんは語る。

 

 「病気になって、目の前が真っ暗になったり、落ち込んだりしたときに、こういう辛さもあるけども、こういう喜びもあるんだよって。そういう話は共有した方が絶対に良いと思っています。

 透析を続けながら元気に輝いている人や、踏ん張っている人の話など、同じ立場だからこそ励まし合える事ってあると思うんです。そして、そのプラスの力がどんどん波及していけばいいなと思っています。」

 

 製品を作る上で、この「想い」を一番に大事にしていきたいと前田さんは考える。弊社に映像制作を依頼したのも、このような考えがあったからだ。

 「インタビューの段階で、自覚していなかったところまで掘り下げたお話ができ、それだけでも得るものがありました。自分を見つめ直す機会になったというか。出来上がった映像では、何だか違う自分を見ることができたという感じです。自分の根になっている部分も感じる映像になっていました。」

 

 特に嬉しかったのは、映像を見て頂いた同じ患者の方々から応援のメッセージを頂けたことだった。

 

 「見てくれた方から『元気をもらいました』というメッセージを頂きました。それを読んで、私自身が逆にとても励まされました。映像で、想いが伝わったんだなって嬉しく思います。」

 

 新製品「ダイアライフ」、現在はまだ試験運用の段階だが、医療機関と連携しながら、今後コンテンツを増やしていく予定だそうだ。それには、どこかと競い合うというより、協力し合って患者さんのためによりよいサービスや商品ができればいい、という前田さんらしい想いがあった。

(濱田奈穂)