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-漁師になって何年になる
五十五年になります。私は生まれも育ちも、海に囲まれた答志島。私が子どもの時分は今とは少し違って、周囲は皆、漁師や海女でしたから、自然と漁師になりました。今はタコ漁と海苔の養殖を主にやっています。漁師一筋ですね。
 
-島の暮らしは
答志は自然と人情に溢れる島です。小さな島ですから、助け合わないと生きていけません。一人一人の仕事というか、役目というか、自分がやらないといけないことが、はっきりとしています。人の指示を待っているだけでなく、「私ができることは何かありませんか」という気持ちが、島の人たちの心の中にはあるよう

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に思います。島の暮らしは昭和の時代から、それほど大きく変わっていません。それはお祭りだけではなく、親から子へ、子から孫へというふうに、自然と伝えられる島の人の心意気のようなものがあるからかもしれません。住んでいる自分が言うのも変かもしれませんが、島の人は純朴で、外から訪れる人にも非常に親切です。「答志」という文字にあるように、志のある人には答えてくれる、そんな懐の深い島なんですよ。
 
-寝屋子制がある
この島には、集落の男子が共同生活をする制度「寝屋子」が残っています。寝屋親と呼ばれる人の家で、暮らすんです。今は、私が子どもの頃と違って、毎日寝屋親のところに寝に通うことはありませんが、週末には寝屋親のところで寝泊まりをし、一緒にご飯も食べます。寝屋子で育った者は、本当の親兄弟よりも深い絆で結ばれ、互いに相手を思いやる気持ちに結び付いています。これが、島の人たちの結束力を強くしているかもしれませんね。
 
-海苔に最適な漁場だと聞いた
 伊勢湾の中でも、波の荒い漁場で育てる海苔はうま味成分のアミノ酸が、海苔の細胞にたっぷりと含まれるんです。同じ海苔でも、波の静かな漁場で育った海苔よりも、はるかにうま味があるんです。人間でも、荒波にもまれた人ほど、人格に深みがあると言われますが、同じようなことじゃないですか。騙されたと思っ

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て私の育てた海苔を食べてみてください。味が濃いというか、深みがあるというか。とにかく自慢の海苔なんです。島の方言で「がいええ」という言葉があるんです。「とっても良いですね」という意味なんです。もうすぐ新海苔の季節です。「がいええのり、まあ、いっぺん食べてみてえ」というところですね。
 
-蛸漁にも出られる
 答志島は別名「蛸の島」とも呼ばれていて、一年を通して蛸漁のないのは9月と十月ぐらいですかね。島に来ていただくと皆さん、驚かれるのは漁に使う蛸壺が、ここそこにあることです。漁港だけでなく、島のあちこちに当たり前のようにごろごろと蛸壺が置いてあります。それはもうかなりの数です。島の蛸は伊勢海老や鮑、サザエを餌にしていますから、グルメな蛸です。おいしくないわけがありません。生のままはもちろん、網で焙って食べるのも美味です。漁の途中で足がちぎれたりして、市場に出せない蛸は開いて干して保存食にします。初めは自家用だったんですが、この干蛸の姿がユーモラスで人気があり、作ってほしいと頼まれることもあり、今では注文を受けてつくることもしています。
 
-これからの夢は
 もう見ての通りお爺さんですから、若いころのようにバリバリと海へ出て漁をするということが、この先いつまで出来るか分かりません。それでも、体力が続く限り、海へは出たいと思っています。

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そして、島へ来てくれた人に、海の話をしながら蛸や魚を焙って食べるようなひとときが過ごせたらと思っています。今でも、知り合いの人たちとそうした時間を過ごすこともあるんです。島生まれ島育ちの私にしかお話しできないこともあるようにも思いますし、何よりそれが私を育ててくれた島や海への恩返しのようにも思っています。
 
-ありがとうございました。

 

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-漁師になって何年になる

 五十五年になります。私は生まれも育ちも、海に囲まれた答志島。私が子どもの時分は今とは少し違って、周囲は皆、漁師や海女でしたから、自然と漁師になりました。今はタコ漁と海苔の養殖を主にやっています。漁師一筋ですね。

 

-島の暮らしは

 答志は自然と人情に溢れる島です。小さな島ですから、助け合わないと生きていけません。一人一人の仕事というか、役目というか、自分がやらないといけないことが、はっきりとしています。人の指示を待っているだけでなく、「私ができることは何かありませんか」という気持ちが、島の人たちの心の中にはあるように思います。島の暮らしは昭和の時代から、それほど大きく変わっていません。それはお祭りだけではなく、親から子へ、子から孫へというふうに、自然と伝えられる島の人の心意気のようなものがあるからかもしれません。住んでいる自分が言うのも変かもしれませんが、島の人は純朴で、外から訪れる人にも非常に親切です。「答志」という文字にあるように、志のある人には答えてくれる、そんな懐の深い島なんですよ。

 

-寝屋子制がある

 この島には、集落の男子が共同生活をする制度「寝屋子」が残っています。寝屋親と呼ばれる人の家で、暮らすんです。今は、私が子どもの頃と違って、毎日寝屋親のところに寝に通うことはありませんが、週末には寝屋親のところで寝泊まりをし、一緒にご飯も食べます。寝屋子で育った者は、本当の親兄弟よりも深い絆で結ばれ、互いに相手を思いやる気持ちに結び付いています。これが、島の人たちの結束力を強くしているかもしれませんね。

 

-海苔に最適な漁場だと聞いた

 伊勢湾の中でも、波の荒い漁場で育てる海苔はうま味成分のアミノ酸が、海苔の細胞にたっぷりと含まれるんです。同じ海苔でも、波の静かな漁場で育った海苔よりも、はるかにうま味があるんです。人間でも、荒波にもまれた人ほど、人格に深みがあると言われますが、同じようなことじゃないですか。騙されたと思って私の育てた海苔を食べてみてください。味が濃いというか、深みがあるというか。とにかく自慢の海苔なんです。島の方言で「がいええ」という言葉があるんです。「とっても良いですね」という意味なんです。もうすぐ新海苔の季節です。「がいええのり、まあ、いっぺん食べてみてえ」というところですね。

 

-蛸漁にも出られる

 答志島は別名「蛸の島」とも呼ばれていて、一年を通して蛸漁のないのは9月と十月ぐらいですかね。島に来ていただくと皆さん、驚かれるのは漁に使う蛸壺が、ここそこにあることです。漁港だけでなく、島のあちこちに当たり前のようにごろごろと蛸壺が置いてあります。それはもうかなりの数です。島の蛸は伊勢海老や鮑、サザエを餌にしていますから、グルメな蛸です。おいしくないわけがありません。生のままはもちろん、網で焙って食べるのも美味です。漁の途中で足がちぎれたりして、市場に出せない蛸は開いて干して保存食にします。初めは自家用だったんですが、この干蛸の姿がユーモラスで人気があり、作ってほしいと頼まれることもあり、今では注文を受けてつくることもしています。

 

-これからの夢は

 もう見ての通りお爺さんですから、若いころのようにバリバリと海へ出て漁をするということが、この先いつまで出来るか分かりません。それでも、体力が続く限り、海へは出たいと思っています。そして、島へ来てくれた人に、海の話をしながら蛸や魚を焙って食べるようなひとときが過ごせたらと思っています。今でも、知り合いの人たちとそうした時間を過ごすこともあるんです。島生まれ島育ちの私にしかお話しできないこともあるようにも思いますし、何よりそれが私を育ててくれた島や海への恩返しのようにも思っています。

 

-ありがとうございました。